法人審理担当の悲しさ

私は調査担当から外れて30歳の頃だったと思うが、法人税審理担当に配置換えになった。審理担当とは、調査担当者が課税してきた結果を税法は基より、民法、商法(現在は会社法)、法人税、消費税の基本通達、ときには判例を基にし、その課税の整合性を検討する。また、当時は国税庁所管の公益法人があり、この法人の指導監督。そして、署幹部の接待が主な仕事だったろうか。最も辛いのは署幹部の接待であった。法律関係の話しは後日するとして署幹部の接待のエピソードのひとつを紹介してみたい。

何故、幹部職員を接待するか?

決裁をスムーズに終わらせるためである。今は、官房系上がりの人間しか偉くなれない。叩き上げの幹部職員はまずいないだろう。私がこの仕事をしていた頃は叩き上げの曲者ばかりが幹部職員として着任していた時代、ほんとに苦労させられた。本来ならば課長クラスが今晩あたりどうですか?なんて声をかけにいくのだが、行くと必ず嫌味のひとつふたつ言われるので私にその役目が回ってくる。ある方が署長として着任されたので一席設けなければいけない、お前、セッティングしろ。これは職務命令であり、断ることはできない。しかも、新署長は全管でも有名な酒癖の悪い人。家にお帰しするまで私が全て手配することとなる。お店はどこにしよう?その辺の居酒屋という訳にはいかない。以前、局員を連れて行ったあの店なら料理もいい、お酒の種類も豊富。署長室にいき、自己紹介をし今後、法人課税部門がなにかとご迷惑をおかけすることもあると思います。だからと言うわけではありませんが、今夜辺りご予定がなければ私どもの部門職員と懇親会でもと思いまして。

予定はないのは総務課で確認済み。すると、今日の今日で飲みにいかないかと言う馬鹿がどこにいる。俺がどれだけ忙しいか知らないのか、この馬鹿者が。

まあ、この程度はよくあること。深々と頭を下げて謝罪する。相手は予定もないわけで、結局は飲みに行くことを了承する。要は俺を軽く見るなとカマスわけである。では5時15分にお迎えにあがります。よろしいでしょうか?分かった、待ってる。これで第一段階終了。

タクシーで予約してる店まで10分。

座席に座る位置も間違いがないか確認し、大丈夫。車内ではとにかくヨイショする。タクシー代はもちろん私の自腹。

店に到着。署長は河豚料理が好きな事でも有名だったので、署長、河豚料理です。おお、河豚かあ、俺は河豚の唐揚げがいちばん美味いと思う。なんてごきげんになってきた。店に入り、コース料理を頼んでいたが、河豚の唐揚げ発言を聴いて店のオーナーに唐揚げを早めに、量は多めに出しくれるようお願いした。

そして乾杯。我が職場では幹部職員がいる席での乾杯は瓶ビールと決まっている。店のスタッフがビールを運んできた。署長の顔つきが変わった。何かやらかしたか?署長は言った。俺はドライしか飲まないのを知っててこのザマか?

ラガーがテーブルには並んでた。

ヤバイ、ここまでしらべてなかった。

署長は、なめんなガキ、お前らとは飲みたくもねえ、帰る。署長が席を立とうとした時、俺はとっさに土下座して、全てのミスは私の責任、直ぐにドライをご用意します。少しお時間ください。そう言った手前、やらなきゃいけない。副署長や総括統括も、お前は署長の好みも聴いてないのか、バカヤロウ。まあ、言いたい放題だ。まず、店のオーナーにドライは無いか確認。ないことは分かった。次に私どもの取引先の偉い方がドライしか飲まないと言っています。持ち込ませてもらってもいいですか?もちろん割増料金を支払う準備はできてます。店のオーナーは了承してくれ、私は隣の居酒屋に飛び込んでドライはあるかと聴いたらあるという。事情を話しドライワンケースを購入し河豚屋までもどった。お待たせしましたドライです。署長は、お前は馬鹿だが、よく用意したな。ありがたいお言葉。その後は、しこたま飲んでしこたま食って、文句垂れて、酒癖悪いという意味がよくわかりました。

結局は署長はベロベロになり、タクシーに乗せて、最寄り駅を伝え、俺の財布から三万を運転手さんに渡して、帰宅させた。いちばん偉い署長がいなくなれば次は二番目に偉い副署長が手足を伸ばしたくなる。おい、もう一軒行って飲み直しだ。店はどこでもいいから、早く見つけてこい。理不尽なピラミッド型のヒエラルキーで構成されてる組織では、当たり前のことだった。上手い具合に個室のある店が見つかり、副署長と総括統括を案内し飲み始めた。実は副署長も酒癖はかなり悪いので有名だった。先ほどのドライの話しが出る。総括統括はよく機転をきかせてくれて、まあ色々言ったけど感謝してると言ってくれた。しかし副署長は、これから幹部職員になる者がなんたる失態。ボロカス言われる。もう、酒なんて飲んでる暇はない。土下座しっぱなし。総括統括も黙り込んでしまった。そんな時、副署長のコップが空きそうだったのでテーブルに置いたままのコップに不覚にもビールを注いでしまった。副署長は、俺は乞食じゃねえぞ、酒つぐ時は相手が杯を手にしてからつぐもんだ、バカヤロウ。

もう、副署長は止まらない。さすがに総括統括がもう帰りましょうと助け舟を出してくれた。会計をすましタクシーを呼び副署長を乗せて運転手さんに行き先と金を渡す。もちろん自腹。長い夜が終わった。総括統括と私は電車で帰路に着いた。翌朝、署長に昨日はありがとうございました。と挨拶にいった。不機嫌な表情が何かを物語。署長室を出ると、総務課長に呼ばれた。あのな、署長に酒はあまり飲ませるな。飲ませたらちゃんとタクシーで送れ。お前でいいから必ず家まで確実に送り届けろ。タクシーに乗せて金も運転手さんに渡しましたが、何かあったんですか?途中でタクシー降りて一人で飲みに行って、すっかり出来上がって朝方、奥さんが迎えに行ったらしい。奥さんも怒ってるし、署長も不機嫌だし、今日一日は地獄だぞ。覚悟しとけや。その日は副署長が何度も署長室に呼ばれ、事案の件でボロカスやられて、そのたびに私が署長と副署長の二人から理不尽なお叱りを受けることとなった。

今から20年前くらいには、こんな幹部がゴロゴロいて、どこの部署に異動しても人格から何から何まで否定される毎日が続いていたのです。

今はハラスメントが社会で認識され、羨ましい世の中になったなと思うのが正直なところです。